逗子でのあすなろう物語・・・これからセカンドライフを目指して

これからセミリタイアを目指し、生き方を模索する日常をぼやく、つまらないブログです

10連休の始まりはいつも通りの土日として過ごす。そして平成が終わることを意識する。

4月半ばの逗子海岸はとても青空が美しかった。

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10連休に逗子に行けばよかったのだが、ちょっと所要などで無理だった。

それ故、10連休の前半は今住んでいる部屋にいる。特別な用事は何もないのだが、とりあえず土日はいつも通りの土日として過ごすことにした。

特別な理由がないのは、お金がもったいない、ということもあるのだが、それ以上に普段の仕事で出張が多く、その上疲れ切ってしまい、何も考えることが出来なかったからだ。こんな状況がここ数年続いているのだが、この状況も転職を控えているので、今年で最後になるはずである。

連休初日の土曜日は、思い切り寝た。昼寝もした。その上で部屋の片づけ、ベランダビオトープの面倒、生協での買い出し、といった普通のことをこなした。

日曜日もいつも通り、部屋の片づけ、ベランダビオトープの面倒を行い、その後ふらりと電車に乗って川沿いに出かける。途中かきやまのおいしい店でかきやまを買い、ベンチに座り本を読む。

その後、さらに歩いて本屋に立ち寄り、面白い雑誌や本はないかとうろつくのだが、最近、令和がらみと平成がらみのコーナーが多い。

その平成がらみのコーナーで、平成の期間で話題になった本が並んでいた。

そこにソフィーの世界が置いてあったのだが、非常に懐かしかった。あの頃、京都に住んでいた私、そしてそこで知り合った女性に勧められて読んだ、あの本だ。

そして、私の忘れることのできない女性になった。

ふと、今の自分は何をしているのだろうと、悲しくなった。

これから始めようとしている次の人生のステージで、私は幸せになりたい。

私は決意した。顔を上げ、未来を見て、そして自分の人生として納得したい。

10連休前に、今月の配当金で思うこと。投資の基本方針を改めて確認。

4月の某日、躑躅がきれいな三浦半島の春は晴れ渡っていた。

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10連休を前に、ふと自分の資産を眺めていて気付いたことなのだが、2019年4月の不労所得はいつもよりも多かった。

不労所得一覧

デビットカードキャッシュバック  dポイント/アンケートサイト  貸株代

株の配当金(丸善)  ETFJ-REIT) ETF(日本国債

 

この中でも、ETFJ-REIT)が桁が違う金額が入ってきたので、とてもうれしかった。とは言え、まだまだ端金レベルなのだが。

配当金が入ってきて、だんだん資産形成の方向性が出来つつあると実感したのだが、今後転職も控えている自分のためにも、改めて自分の資産形成方針を記述しておこうと思う。

アセットアロケーション

日本株式 12%  米国株式 5%  欧州株式 5%
日本債券 10%  先進国債券 10% 南アランドMMF 5%
日本REIT 20%  米国REIT 12%  欧州REIT 8%
コモディティ 3%

 

<所有金融資産>

・ファンド一覧 

日本株式(日経平均)・・・つみたてNISA  

先進国株式・・・つみたてNISA

4資産均等バランス・・・つみたてNISA、特定口座

物価連動国内債券・・・特定口座

J-REIT、米国REIT、欧州REIT・・・特定口座

MMF($、ランド)・・・特定口座

コモディティ・・・特定口座

 

ETF

TOPIX除金、国内債券、J-REIT、米国REITS&P500(ヘッジ付)、欧州株

 

・個別株 

なし

 

投資の基本方針

(1)貯蓄はファンド、リバランスと配当金狙いでETF

(2)資産の比率として、ファンド/ETF=50/50

(3)今後所有していくものとして、海外債権関連のETF三菱UFJの個別株。

(4)国内株式に対しては、基本ファンド中心だが、ETFでは今後も国内金融関連は縮小傾向、株価下落傾向になるだろうから、TOPIX除金で対応。ただし、三菱UFJだけは個別株で購入し、配当金狙いで所有していく。

(5)優待狙いで個別株は買わない。ただし、余裕があれば丸善は本が買えるから検討するかも。

 

他の投資活動をしている人たちのブログを見ていると、明らかに私の方針は、ずれているのだが、自分の金だから自分の納得した形で運営したい。

それに、それなりに収益も増えているし。

退職の意思表明できず。自分はヘタレです。

残念、というか、意気地がないため、退職の意思を伝えることが出来なかった。

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後で振り返ると、そもそも人事考課の話が仕事の話ばかりで、先々の計画のことばかり話し合ってしまったため、自分が考えながらそのまま仕事をするような感じになり、なんだか、いや~そうはいってもやめちゃうんですよね、と言いづらくなってしまった。

完全な失敗だ。

そもそもなぜ辞めたいのかをしっかり考えてみると、会社の将来性や一部の上層部に対する不信感、頭のおかしい連中との付き合い、そして自分のやりたい仕事観からくるものであって、一緒に働いている人間に対しては逆に縁を切りたいという気持ちがどうしても起きない。

今日、そのことが分かっただけでも収穫かもしれないと思い始めている。というのも、辞める理由を適当にごまかそうと最後まで悩んでいたからだ。やっぱりしっかりと話しきることが必要だと感じた。今後、ひょっとしたら縁を切ることなく付き合っていく連中もいるかもしれないし、その際、自分の心の奥底から正直に話をしなければ、裏切る気持ちが残ってしまう。そのような気持ちを残すのは、自分の人生で悔いを残すことになる。

それはだめだ。

それだけはやってはいけない。自分の成長がなさすぎる。

10連休の後で、もう一度やってみよう。

今度はしっかりとさらけ出そう。

 

 

今住んでいる場所をカメラを持って散歩した。桜、どうだんつつじ、椿。

今年は桜が遅かったため、いくつもの花が重なって、見るのに忙しい。

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スズランの様に咲いている花が、どうだんつつじ、だということを、つい先日、初めて知った。数年前、5月の連休の時に母親とNHK教育を見ていた時にどうだんつつじの話をした。実家の庭にもあることをその時初めて知ったのだが、きちんと確認をしなかったため、今更西洋館の玄関先で名札とともにその木の名前を初めて知った。よくよく考えると、子供の頃の、壊す前の古い家の時の広い庭にも確かにこの木はあった。思えば40年以上経って初めて名前と姿が一致したのだが、実に自分の無知を改めて思い知らされた。

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私は椿が好きだ。

今住んでいる場所は比較的椿が少なくてつまらないのだが、逗子に住んでいたころはかなりの椿と桜を見た。だから、春を意識しだす頃から気分が高揚した。

やっと気持ちに余裕が出てきたのか、久しぶりにカメラを持って散歩した。

カメラを持つこと自体、恐らく転勤してから初めてなのではないかと思う。3年前までは当たり前のように写真を撮りまくっていたのに、最近すっかり写真なんて撮っていなかった。

少しずつ、少しずつ、心を取り戻している。

美しい春を思い切り満喫しようと思う。

今は何も考えたくない、だから土筆と桜と青空

この間、実家に帰る時に駅から散歩がてらふらふらと桜を見て回った。

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久しぶりに土筆をみた。子供の頃は、春休みと高校野球と土筆は当たり前だったような気がするのだが、最近すっかり見かけていないせいか、土筆が珍しいもののように思えた。土筆の写真を撮ろうとして、気が付いたのだが、土筆を見ようとするとしゃがまなくてはいけない。地面に顔を近づけなくてはいけない。ここ年十年もそんなことをしていない。無邪気に春を覚えたのはいつ以来だろうか。

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肌寒かったのだが、桜祭りが中央公園で行われていた。

人が多い場所は好きではないのだが、ベンチに座って弁当を広げたかったので、公園の中に入った。桜は見事に咲いていた。人が多い割には静かでよかった。桜を見ながらマリネと鳥そぼろ弁当を食べる。

春の日差しに冷たい風。

それでもいい気分だ。

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城の中も立派な桜が美しく咲いていた。桜は年数が経てば経つほど味わいが深くなる。

鉛の河原が日差しで白く輝く。

子供の頃から知っていた場所なのに、今更町の美しさを思い知る。

この町も捨てたくないとふと思ったのだが、将来、両親がいなくなった時点で縁が切れてしまうのだろう。

あと何年先のことだろうか。

その前に、私が先に死んでいる可能性もある。

だから、これから先の人生、時間を大事にしたい。

自分の思い通りに生きたい。

4月の人事考課面接で退社の意思を伝えるつもりだ。

まだうまい退社理由が思いつかないのが苦しいのだが、とにかくちゃんと自分の意思を貫きたいと思う。

なにごとも思うほどには悪くない

今日も美しい桜だった。

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上を向き、美しいものを眺める。顔を天に向け、仰ぎ見るその所作に、自分の心が癒されていくのを覚える。今日、桜の写真を撮った時に、今日も何か書こうという、これまで失われてきた上向きな気持ちが、再び起き始めた。これまでの3年間で失われていた、何かに興味を持ち、何かをしようという気持ちを今感じている。

 

最近読んでいる本がある。コリンパウエルの、リーダーを目指す人の心得、という本である。もうリーダーとか管理者だとか完全に無関係になったと思って、最近までその手の本は読まなくなっていたのだが、次の会社が決まった以上、やはりリーダー的な側面を求められるのだろうと思い、読み始めた。

その中で、

”なにごとも思うほどには悪くない。翌朝には状況が改善しているはずだ”

という言葉が書いてある。最近この言葉が心に響いている。1月後半から3月上旬までに幾つもうんざりすることが起きた。しかし、今、問題がひとつひとつ解決に向かい始めている。時間がたてば必ず状況は良くなる、その言葉が今素直に信じられそうな気分である。

今日、仕事は比較的順調だった。しかも、以前の自分のような論理の展開が出来て、ふと振り返って、何か久しぶりの感触で、正直ほっとした。

なんとなく、今自分が徐々に良くなっている実感がある。

自分の取り戻し方を見つけたようだ。

あともう少し、本当にもう少しだ。

もう少しで、次のステージに移れそうだ。

花と風と月と令

奈良で花見をしてから幾日か過ぎたのだが、皮肉なことに日増しに桜がきれいに咲きだしている。

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4月に入り、花は美しく、風は春の香りを運びながら、気持ちの良い青空が、私の心を癒してくれるのだが、残念なくらい仕事は私の心を蝕んでくれる。

今は退社後に何をするのかを考えながら心を現実逃避させることで持ちこたえているのだが、これが私だけではなく、他の社員も同様だということに気づき、暗澹たる気持ちにもなる。一昔の私なら、こいつらのために何とかしなきゃ、とか思って、いろいろ動いたりしたのだが、今の私にはもうそんな気力も資格もない。もうただ黙って、余計なことは言わずに、余計なことに巻き込まれないように、退職するまで上手くふるまうまでである。

こんな状況の中、新入社員と中途入社社員が入ってきた。正直かわいそう、と思うのだが、ふと自分の最初の頃を思い出した。新入社員の時は、1部上場の会社に入り、入社式の儀式でその当時の社長に会釈をさせられた。社畜を意識させられ本当に胸糞悪かった。その後2社会社を変えたが、入りたての頃は仕事をしようという気持ちで気分が高揚していたことを思い出す。ただ、今の会社の場合、入って半年ぐらいでいろいろな人間関係や仕事内容でどん底の気分であった。それでも入りたてということもあり、辛抱をしなければ、この会社に少なくとも3年は食らいつかなければ、と思っていた。

今振り返ると、20年近くたったあの頃と何も変わっていない。

辞めるタイミングは幾度となくあったのに、結果として年齢を重ねただけだった。

そして決断をした。

今年の春風は吉兆であるはずだ。

秋にはよい月を眺めることとなるだろう。

 

そう、強く信じる。