瑞泉寺に咲くのは格調高い甘い香りの沈丁花と書いて、じんちょうげ、と読む
逗子の山間を歩き、鎌倉ハイランドのあたりを歩き金沢街道を淡々と歩いていく。
報国寺、 浄妙寺を今回は素通りし、山間の静かな住宅街を歩くと瑞泉寺にたどり着く。
この寺には有名なものが三つあり、一つは見事な梅林。3月上旬に来れば境内中が甘酸っぱい香りに包まれて、真っ白で円らな梅の花が咲き誇る。ただ、今回訪問した時期はもう梅の花が終わっており、今年は残念ながら梅を楽しむことが出来なかった。
もう一つは秋の紅葉。三方を山で囲まれているため、瑞泉寺は紅葉に囲まれた世界に変わる。そして、最後の一つが、寺の裏にある岩盤に掘られた大きな洞。夢窓国師が作った岩庭に禅の思想が現れて、この寺を有名にしている。
私はこの寺が非常に好きで、長年通い続けていたのだが、最近3年間、くそ町に転勤で移ってしまったため、この寺に訪れるのが難しくなってしまった。
改めて訪れた瑞泉寺。
誰もいない、読経の響く境内に、鳥の声が微かに春を歌う。
椿がわずかに咲く中、高貴な強く甘い香りが漂う。
沈丁花。
高台にある境内から山々を眺め、静かに時を過ごす。
いい時間だ。心が癒される。
随分長い時間、沈丁花と椿と鳥の囀りに包まれていた。
久ぶりに、疲れ切った心を癒したような気がする。
自分が自分であるために必要な時間。
長い間、そんなことを忘れていた。
そのうち空腹を覚え、山を下りることにした。
バスに乗り、鎌倉駅に向かう途中、ふと甘い香りが微かにすることに気づく。
どこから匂うのか不思議だったのだが、どうも自分の体から匂うようだ。
長い間沈丁花の香りに包まれていたため、その匂いが自分の体についたようだ。
若き日に思い描いていた夢の日は沈みゆき、今沈丁花の香りとともに新たな生き方を浮かび上がらせる。
もう少しの辛抱だ。
あともう少しで、甘美な格調の高い夢を追いかける日々が訪れるのだ。